622: 名無しさん@おーぷん 2014/07/05(土)18:03:10 ID:Y1R5WSV8h
ウン十年前の父の修羅場。
私は当時とても幼く、その頃の記憶はありません。

父はある職業のプロ(のようなもの)で、業界が成長期で引き抜きにあい、拠点を東京から地方に移しました。
そこで結婚し子供が出来て、この地に骨を埋める覚悟で家を建てました。
激務でしたが彼は血気盛んで、家庭を支える使命感と仕事の楽しさを持って働いていました。

ですがある日、玉突き事故に巻き込まれました。


引用元: ・今までにあった修羅場を語れ【その3】

 

緊急搬送先の手術で両足を切断されそうになりましたが、彼は断固拒絶。
すね部分の筋肉と骨の欠損が激しかったのですが、いくつものプレートとボルトを埋め込んで、皮膚移植もしてなんとか足を形成してもらいました。

ですがリハビリしてもどの程度回復し、歩行可能になれるかどうかも分かりませんでした。
体が資本の仕事に誇りと情熱を持っていた彼は、きっと絶望感に苛まれたことでしょう。

事故を引き起こした大学生にも怨み骨髄で、思い出しては「タダじゃ済まさん」等と叫んでいたと聞きました。
入院中のある日、その大学生とご両親がお詫びの挨拶をしに、病室を訪れました。
父は会いたくもなかったようですが、仕方なく面会しました。

彼はそこで目にしたご両親の姿が、今でも忘れられないそうです。
お二人とも車椅子利用者の方でした。
その姿を見た瞬間、怒り心頭だった頭から何かがスッと冷めていきました。
この大学生には何か、足にかかわる因果のようなものがある。
そう見えたようです。

許す許さないとは別の部分で、どんなに恨んでも足は元に戻らないし、足のことを責めたらご両親も可哀相だと思えたそうです。
その後は精力的にリハビリをしたり、余裕をこいて「病院食では体力が足りない血が足りない肉食いたい」と病院を抜け出し、近所のお肉屋さんで好物の生レバーを買っていたところを看護師さんに現行犯逮捕されたり。
障害者認定されたそうですが、退院早々に手帳を亡くしたまま興味がない様子です。
私が物心ついた頃には、すでに杖は玄関に放置したままで、いつの間にか消えていました。
今ではだいぶ歳を取りましたが、走れないものの、ピョコピョコ歩き回って同業の仕事をしています。

つい最近、私の大切な人が足の大怪我で入院をし、予後が良くなく遠方に転院してしまいました。
ずっと会えないままのもやもやした気持ちを整理したくなり、父の話を思い起こし、備忘録として書かせていただきました。
お目汚し失礼いたしました。



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